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小さく生まれる日本の赤ちゃん―胎児期からの成人疾病予防―

増えている低出生体重児
 近年日本では出生率が低下していますが、その一方で低出生体重児(体重が2500g未満の新生児)の出生率は上昇傾向にあります。厚生労働省の人口動態統計によると、低出生体重児出生率は1980年までは5%代で推移していましたが、その後上昇に転じ、2006年には9.6%と実に新生児の1割を占めている状況です。その要因は様々ですが、母体の飲酒や喫煙、出産年齢の上昇による影響に加え、母体の低栄養状態も低出生体重児増加の原因ではないかと近年注目されています。低出生体重児は将来、高血圧や2型糖尿病などの代謝疾患に罹患するリスクが高いことが、英国を中心とした多くの疫学研究1)により明らかにされつつあります。そこで、日本で増加傾向にある低出生体重児と2型糖尿病との関連を中心にまとめてみました。

胎生プログラミング(fetal origins of adult diseases)
 胎生プログラミングは、Barkerら1)により提唱されてきた仮説で、胎生期(胎児期)の栄養環境が成人期の疾病発症と深くかかわることをいいます。子宮内での成長および発達の臨界期(Critical Period)において低栄養環境下に曝された場合、これに適合するように代謝メカニズムの“プログラミング”がおこり、その後に高血圧、2型糖尿病、動脈硬化症等のメタボリックシンドロームを発症するリスクが高まるという仮説です。簡単に言うと、胎児期に低栄養に曝され低体重で生まれた場合、出生後の栄養状態が良好となっても、すでにプログラムされた倹約的な省エネ体質が持続した結果、メタボリックシンドロームを発症するリスクが高くなるというものです。この説が正しいとすると、胎児期は出生後の疾病発症が決定される重要な時期であり、胎生期の低栄養環境を予防することが、メタボリックシンドロームなどの代謝疾患発症リスクを軽減するための重要な一歩だということになります。

出生体重と2型糖尿病
 これまでの疫学調査により、子宮内胎児発育遅延等で出生体重が低く生まれた児ほど、成人時に心血管障害による死亡率、耐糖能異常の発症率が高いことが報告されており2)、日本においても、低出生体重と2型糖尿病発症に関するケースコントロールスタディ3)が報告されています。もちろん低体重で生まれた人すべてが2型糖尿病を発症する訳ではありませんが、胎児期の低栄養環境に引き続く、出生後短期間の急激な体重増加が、上述の代謝疾患発症へのリスクを高めうる1)4)ことから、出生後どのように成長するかと共に、成人期の代謝疾患発症に影響を及ぼす可能性が示されています。昔からよく言われている「小さく産んで大きく育てる」ことは、必ずしも望ましいことではないかもしれません。

日本の現状ー産む世代の「やせ」ー
 一方、日本人若年女性では痩身願望が強く、20歳代女性の約2割がBMI18.5未満の「やせ(低体重)」で、カルシウムや鉄など必須栄養素が不足していること明らかになっており5)、産む世代の「やせ」および栄養不良傾向が顕著になっています。国レベルでこれほど顕著に若年女性のBMIが低下しているのは、世界的にも稀と言えます6)。このように出産年齢にある女性の栄養不良傾向が示唆され、また先進諸国において正期産児の出生体重が減少傾向にあるのは日本のみであることからも、胎児が子宮内環境において低栄養状態に曝されている事態が進行しつつある可能性は否めない状況です。
  母体の健康と栄養状態は本人のみならず次世代、次々世代の健康にも影響を与える可能性があることから、妊婦はもちろん、妊娠を希望する女性に対しても適切な栄養摂取に関する指導を行っていくことが、健やかな子供の将来実現のためにも重要と思われます 。

今後の課題は?
 妊婦を含む若年女性のやせ志向は、妊娠中の体型の崩れを嫌う彼女らの美容上の価値観や、やせているほうがより魅力的であるという社会的風潮が大きく影響していると考えられます。女性本人およびその将来の子供が、生涯通して健康に生きていくためには、「痩せすぎ」の弊害、および胎生プログラミングと将来の代謝疾患リスクとの関連について、日本におけるエビデンス(科学的根拠)を構築する必要があります。
 これにより、子宮内の低栄養環境が出生後の疾病発現に影響を及ぼすことが明らかになった場合は、若年女性への栄養教育ややせ礼賛の社会的風潮を変えるような働きかけも必要になる日が来るかもしれません。

<文献>
1) Barker DJ, Hales CN, Fall CH, Osmond C, Phipps K, Clark PM : Type 2(non-insulin-dependent) diabetes mellitus, hypertension and hyperlipidaemia(syndrome X): relation to reduced fetal growth. Diabetologia 36:62-67, 1993
2) Hales CN, Barker DJP, Clark PMS, et al . :Fetal and infant growth and impaired glucose tolerance at age 64 . BMJ 303:1019-1022, 1991
3) Anazawa S, Atsumi Y, Matsuoka K. : Low birth weight and development of type 2 diabetes in a Japanese population. Diabetes Care 26:2210-2211, 2003
4) Eriksson JG, Forsen T, Tuomilehto J, Osmond C, Barker DJ :  Early adiposity rebound in childhood and risk of Type 2 diabetes in adult life. Diabetologia46:190-194, 2003
5) 厚生労働省:平成18年度国民栄養調査結果の概要.
6) Sugawara A, Kazumi S, Mutsumi S, Satoru K, Sone H : Atypical and non-physiological body mass index decline in Japanese young women. EPIDEMIOLOGY : in press

 




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